皆さま、お久しぶりでございます。
初めましての方も、多くいらっしゃると思います。
前教室長の井田でございます。
私は現在、真夏の奄美大島で、愛する家族と自由時間を過ごしております。
お金はないですけれどね。
今回、後任を託した中園が退職の運びとなり、残念であると同時に、皆さまにご迷惑をおかけしましたこと、大変心苦しく思っております。
誠に申し訳ございません。
前回の投稿で、中園が‘価値観’をトピックにしておりました。価値観それ自体は、良いも悪いもありません。違ってあたりまえ。問題は、その違いを楽しめるかどうかです。
中園と私の価値観が同じかと言えば、違うところも多々あります。それでも生涯、付き合いを続けていくのは、幸運にも、互いの違いを楽しめるからだと思っています。
9月以降、陽学舎は新体制でのスタートになるようです。
創立者の安藤塾長が、陽学舎のことを誰よりも想っていることは、疑いようもありません。また、その塾長の認めた新教室長が、新たな価値観を加えて陽学舎をパワーアップさせてくれるものと信じております。
皆さまの陽学舎との時間が、有意義なものであり続けますよう、奄美大島からいつも願っております。
それでは、またの機会に。
P.S.
当ブログは、私のFacebookからの転載でした。
Facebookについては、完全にプライベートな内容なのですが、
もし良かったら友達申請して下さいね。
井田陽平Facebook
2013年8月1日木曜日
2013年7月1日月曜日
2013年4月29日月曜日
2013年4月28日日曜日
2013年4月28日
「いじめている君へ」
中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。
でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。
中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつ りに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできな かったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。
ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめ たり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。
(byさかなクン)
中1のとき、吹奏楽部で一緒だった友人に、だれも口をきかなくなったときがありました。いばっていた先輩(せんぱい)が3年になったとたん、無視されたこともありました。突然のことで、わけはわかりませんでした。
でも、さかなの世界と似ていました。たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽(すいそう)に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃(こうげき)し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です。
中学時代のいじめも、小さな部活動でおきました。ぼくは、いじめる子たちに「なんで?」ときけませんでした。でも仲間はずれにされた子と、よくさかなつ りに行きました。学校から離れて、海岸で一緒に糸をたれているだけで、その子はほっとした表情になっていました。話をきいてあげたり、励ましたりできな かったけれど、だれかが隣にいるだけで安心できたのかもしれません。
ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめ たり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。
(byさかなクン)
2013年4月27日
「あるレジ打ちの女性」
その女性は何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって、次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも、「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。
そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし負け犬のようで帰りたくはありません。
結局、彼女は派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていきました。
ある日のことです。
例によって「自分には合わない」などと言って派遣先をやめてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。
ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。
ある程度仕事に慣れてきて
「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。
とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばらなければ、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかしどうがんばってもなぜか続かないのです。
この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。
小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう。彼女の高校時代の夢です。
「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ。。。」
彼女は思い出しました。
なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。
そして私は、また今の仕事から逃げようとしている。。。」
そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです
「お母さん。私 もう少しここでがんばる。」
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。
覚え込んだらあとは打つ練習です。
彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。
すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。
そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。
「この人は安売りのものを中心に買う」
とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。
そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、このタイ」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」
そして3回目。
同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。
私はここへ買い物に来てるんじゃない。
あの人としゃべりに来てるんだ。
だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。
だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。
だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。
それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。
出典元 (木下晴弘著 涙の数だけ大きくなれる! フォレスト出版)
その女性は何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て、部活やサークルに入るのは良いのですが、すぐイヤになって、次々と所属を変えていくような人だったのです。
そんな彼女にも、やがて就職の時期がきました。
最初、彼女はメーカー系の企業に就職します。
ところが仕事が続きません。
勤め始めて3ヶ月もしないうちに上司と衝突し、あっという間にやめてしまいました。
次に選んだ就職先は物流の会社です。
しかし入ってみて、自分が予想していた仕事とは違うという理由で、やはり半年ほどでやめてしまいました。
次に入った会社は医療事務の仕事でした。
しかしそれも、「やはりこの仕事じゃない」と言ってやめてしまいました。
そうしたことを繰り返しているうち、いつしか彼女の履歴書には、入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。
すると、そういう内容の履歴書では、正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。
ついに彼女はどこへ行っても正社員として採用してもらえなくなりました。
だからといって生活のためには働かないわけにはいきません。
田舎の両親は早く帰って来いと言ってくれます。
しかし負け犬のようで帰りたくはありません。
結局、彼女は派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
すぐに派遣先の社員とトラブルを起こし、イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
彼女の履歴書には、やめた派遣先のリストが長々と追加されていきました。
ある日のことです。
例によって「自分には合わない」などと言って派遣先をやめてしまった彼女に、新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。
当時のレジスターは今のように読み取りセンサーに商品をかざせば値段が入力できるレジスターではありません。
値段をいちいちキーボードに打ち込まなくてはならず、多少はタイピングの訓練を必要とする仕事でした。
ところが勤めて1週間もするうち、彼女はレジ打ちにあきてきました。
ある程度仕事に慣れてきて
「私はこんな単純作業のためにいるのではない」と考え始めたのです。
とはいえ、今までさんざん転職を繰り返し、我慢の続かない自分が彼女自身も嫌いになっていました。
もっとがんばらなければ、もっと耐えなければダメということは本人にもわかっていたのです。
しかしどうがんばってもなぜか続かないのです。
この時、彼女はとりあえず辞表だけ作ってみたものの、決心をつけかねていました。
するとそこへお母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうからお母さんのやさしい声が聞こえてきました。
これで迷いが吹っ切れました。
彼女はアパートを引き払ったらその足で辞表を出し、田舎に戻るつもりで部屋を片付け始めたのです。
長い東京生活で、荷物の量はかなりのものです。
あれこれ段ボールに詰めていると、机の引き出しの奥から1冊のノートが出てきました。
小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
なくなって探していたものでした。
パラパラとめくっているうち、彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを発見したのです。
そう。彼女の高校時代の夢です。
「そうだ。あの頃、私はピアニストになりたくて練習をがんばっていたんだ。。。」
彼女は思い出しました。
なぜかピアノの稽古だけは長く続いていたのです。
しかし、いつの間にかピアニストになる夢はあきらめていました。
彼女は心から夢を追いかけていた自分を思い出し、日記を見つめたまま、本当に情けなくなりました。
「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書にはやめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど、なんて情けないんだろう。
そして私は、また今の仕事から逃げようとしている。。。」
そして彼女は日記を閉じ、泣きながらお母さんにこう電話したのです
「お母さん。私 もう少しここでがんばる。」
彼女は用意していた辞表を破り、翌日もあの単調なレジ打ちの仕事をするために、スーパーへ出勤していきました。
ところが、「2,3日でいいから」とがんばっていた彼女に、ふとある考えが浮かびます。
「私は昔、ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど、繰り返し弾いているうちに、どのキーがどこにあるかを指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに楽譜を見るだけで弾けるようになった」
彼女は昔を思い出し、心に決めたのです。
「そうだ。私は私流にレジ打ちを極めてみよう」と。
レジは商品毎に打つボタンがたくさんあります。
彼女はまずそれらの配置をすべて頭に叩込むことにしました。
覚え込んだらあとは打つ練習です。
彼女はピアノを弾くような気持ちでレジを打ち始めました。
そして数日のうちに、ものすごいスピードでレジが打てるようになったのです。
すると不思議なことに、これまでレジのボタンだけ見ていた彼女が、今まで見もしなかったところへ目がいくようになったのです。
最初に目に映ったのはお客さんの様子でした
「ああ、あのお客さん、昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら子ども連れで来るんだ」とか、いろいろなことが見えるようになったのです。
それは彼女のひそかな楽しみにもなりました。
相変わらず指はピアニストのように、ボタンの上を飛び交います。
そうしていろいろなお客さんを見ているうちに、今度はお客さんの行動パターンやクセに気づいていくのです。
「この人は安売りのものを中心に買う」
とか
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
とか
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。
そんなある日、いつも期限切れ間近の安い物ばかり買うおばあちゃんが、5000円もするお頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ持ってきたのです。
彼女はビックリして、思わずおばあちゃんに話しかけました。
「今日は何かいいことがあったんですか?」
おばあちゃんは彼女ににっこりと顔を向けて言いました。
「孫がね、水泳の賞を取ったんだよ。今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう、このタイ」と話すのです。
「いいですね。おめでとうございます」
嬉しくなった彼女の口から、自然に祝福の言葉が飛び出しました。
お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは、これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい、名前まで一致するようになりました。
「○○さん、今日はこのチョコレートですか。でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオのほうがいいわよ」などと言ってあげるようになったのです。
レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いいこと言ってくれたわ。今から換えてくるわ」
そう言ってコミュニケーションをとり始めたのです。
彼女は、だんだんこの仕事が楽しくなってきました。
そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら、彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつレジを打っていました。
すると、店内放送が響きました。
「本日は大変混み合いまして大変申し訳ございません。どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが、わずかな間をおいて、また放送が入ります。
「本日は混み合いまして大変申し訳ありません。重ねて申し上げますが、どうぞ空いているレジのほうへお回りください」
そして3回目。
同じ放送が聞こえてきた時に、初めて彼女はおかしいと気づき、周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに、お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。
店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジへお回りください」と言った、その時です。
お客さんは店長に言いました。
「放っておいてちょうだい。
私はここへ買い物に来てるんじゃない。
あの人としゃべりに来てるんだ。
だからこのレジじゃないとイヤなんだ」
その瞬間、レジ打ちの女性はワッと泣き崩れました。
お客さんが店長に言いました。
「そうそう。私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやってるよ。
だけど私は、このおねえさんと話をするためにここへ来ているんだ。
だからこのレジに並ばせておくれよ。」
彼女はポロポロと泣き崩れたまま、レジを打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと初めて気づきました。
すでに彼女は昔の自分ではなくなっていたのです。
それから、彼女はレジの主任になって、新人教育に携わりました。
彼女から教えられたスタッフは、仕事の素晴らしさを感じながら、お客さんと楽しく会話していることでしょう。
出典元 (木下晴弘著 涙の数だけ大きくなれる! フォレスト出版)
2013年4月25日
いろんな不備や現状にそぐわない 押し付けられたものだとしても、日本国憲法の理念は世界に誇るべきものだと思います。清志郎さんならきっとこう言うはず…。一見、難解な日本国憲法原文も口語訳なら分かりやすい。
『日本国憲法を口語訳したものが面白くてわかりやすいー
NAVERまとめ』より抜粋
前文
俺らはちゃんとみんなで選んだトップを通じて、
うちらのそのガキのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、
みんなが好きなことできるようにするよ。
また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、
国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。それがこの憲法だ。
そもそも政治っていうのは、俺ら国民が政治家を信頼して力を与えてるものであって、
本質的に俺達のものであるんだ。あれだ、リンカーンの言った
「民衆の民衆のための民衆による政治」ってやつ。
この考え方は人類がみんな目標にするべき基本であって、この憲法はそれに従うよ。
そんでそれに反するような法律とかは認めないぜ。
俺らはやっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはちゃんとうまくやっていけるように
できてると信じるから、同じように平和であってほしいと思う外国を信頼するぜ。
その上で俺達はちゃんと生きていこうと決めたっちゃ。
平和を守って、奴隷制度みたいな酷いこととか、
偏見とか差別をなくそうとしている世界の中でちゃんと活動したいと思うのね
。名誉ある地位っていうかさ、かっこいいじゃん。
その上で声を大にして言うよ。
「全世界の人は、みんな、なににも怯えることなく、飢えることもなく、
平和に生きる権利を持っている」ということだ。
この理想は俺達の国だけじゃなくて他のあらゆる国にも通用するもので、
このことを守ることは各国の義務だよ。
『日本国憲法を口語訳したものが面白くてわかりやすいー
NAVERまとめ』より抜粋
前文
俺らはちゃんとみんなで選んだトップを通じて、
うちらのそのガキのまたガキのために、ご近所さんと仲良くして、
みんなが好きなことできるようにするよ。
また戦争みたいなひどいことを起こさないって決めて、
国の基本は国民にあることを声を大にして言うぜ。それがこの憲法だ。
そもそも政治っていうのは、俺ら国民が政治家を信頼して力を与えてるものであって、
本質的に俺達のものであるんだ。あれだ、リンカーンの言った
「民衆の民衆のための民衆による政治」ってやつ。
この考え方は人類がみんな目標にするべき基本であって、この憲法はそれに従うよ。
そんでそれに反するような法律とかは認めないぜ。
俺らはやっぱ平和がいいと思うし、人間って本質的にはちゃんとうまくやっていけるように
できてると信じるから、同じように平和であってほしいと思う外国を信頼するぜ。
その上で俺達はちゃんと生きていこうと決めたっちゃ。
平和を守って、奴隷制度みたいな酷いこととか、
偏見とか差別をなくそうとしている世界の中でちゃんと活動したいと思うのね
。名誉ある地位っていうかさ、かっこいいじゃん。
その上で声を大にして言うよ。
「全世界の人は、みんな、なににも怯えることなく、飢えることもなく、
平和に生きる権利を持っている」ということだ。
この理想は俺達の国だけじゃなくて他のあらゆる国にも通用するもので、
このことを守ることは各国の義務だよ。
2013年4月19日金曜日
2013年4月18日木曜日
2013年4月6日土曜日
2013年2月27日水曜日
2013年2月16日土曜日
2013年2月13日水曜日
2013年2月12日火曜日
2013年2月9日土曜日
2013年2月9日
全国14位、個人の主催では最高位だそうです!!
ちなみに個人といっても、僕1人でやったという意味ではありません。
実行委員みんなで成し遂げた成果です。
~映画「うまれる」フェイスブックより~
何と1年4ヶ月ぶりに1位が更新!
見事に【1位】に躍り出たのは、佐渡島。
2013年1月27日(日)新潟県佐渡市にて有料上映で開催され
なんと、動員数は一挙に500人増の「1,540名」!!
凄いです!!
当主催者様は、最初から「1位目指してがんばろう!」と明確かつ
「夢は叫ぶと実現する」
という法則の好例ですね!
また、同じく2013年1月27日(日)に鹿児島県奄美市にて有
こちらは個人さま主催では最高位で、井田さまの気合いと熱意、人
実は1月27日(日)は、全国で6箇所の自主上映会が開催され、
熱意と情熱を持って、自主上映会を開催いただいたい主催者さま、
映画「うまれる」動員数ベスト20はこちら
http://www.umareru.jp/
映画「うまれる」自主上映会の概要はこちら
http://www.umareru.jp/
2013年2月4日月曜日
2013年1月25日
昨日、あまみエフエムディ!ウェヴに出演して来ました!
今日も、15:30~16:00に再放送があるので、聴いてくれ~
下のアドレスにアクセスすると、インターネットで聴けるよ~
http://www.npo-d.org/simul/AmamiFM.asx
今日も、15:30~16:00に再放送があるので、聴いてくれ~
下のアドレスにアクセスすると、インターネットで聴けるよ~
http://www.npo-d.org/simul/AmamiFM.asx
2013年1月21日月曜日
2013年1月19日土曜日
2013年1月18日金曜日
2013年1月15日火曜日
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